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私は、いじめをする人の性質はいくつかあると考えています。

いじめをする人の性質

1.人を傷つけることに少しも悪気を感じないサイコパスである場合。

2.人を傷つけることで自分の優位性を示し、自分の精神の安定を図る場合。

3.自分が他人から受けた心の傷を、別の他人を攻撃することで精神の安定を図る場合。

4.いじめられる側の持っている環境、人柄、経済的状況に強烈な憧憬がある場合。

5.いじめられる側の持っている環境、人柄、経済的状況に強烈な嫌悪感がある場合。

6.いじめられる側が(無意識・有意識に関わらず)発信している攻撃的な情報からの、防御策としての抵抗としての「いじめ」である場合。

 

いじめを論じる場合、いじめをする側・いじめをされる側の双方の持っている状況や環境などの要因をじっくり見つめ大人が寄り添っていく努力が必要だと考えます。

一つ一つ、例を出してみようと思います。

1.人を傷つけることに少しも悪意を感じないサイコパスである場合。

極端な例ですが、殺人事件を起こしても何の悪気も感じない人はごく少数ですが確実に存在します。子供においても、大人においても同様です。危険思想を持つ人間とは距離を置くことが身を守る術です。

大人になり社会に出たときに、人を傷つける発言を平気で言ってしまう人の多さに驚くことはないでしょうか。それなのに子供に対して、「いじめはダメ」という一言で片づけてもよいのでしょうか。それで、何が解決するのでしょうか。

では学校という義務教育の現場でサイコパスのいじめる側の子供に、自分の子供がいじめられている場合どうするべきでしょうか。即刻転校させるか、距離をおける環境を作ります。一方で、いじめる側の子供が他の子供をいじめないようなメンタルケアも同時に進めめることが必要だと思います。

人を傷つけることになんの躊躇も持たないサイコパスの子供は、育てられる家庭で日常的に傷つけられている可能性があります。親からの児童虐待やネグレクト(養育すべき者が食事や衣服等の世話を怠り、放置すること。育児放棄。)の可能性もゼロではないと思います。

 

2.人を傷つけることで自分の優位性を示し、自分の精神の安定を図る場合。

いじめる側の人が2の理由でいじめを行う場合、その人自身の自己重要感(自分は価値がある人間だと自分で自分を認める感覚)が希薄であると感じます。大人に向けてわかりやすく言うと、家で奥さんに虐げられている上司が家では完全に自己重要感がゼロのため、自己重要感を満たすために会社で不当に部下に強く当たる構図と同じです。

仕事がうまくいっている状態の上司であれば周りからの承認があるため自己重要感が得られるため部下に強く当たらなくてもよい心理状態になれます。残念なことに、家庭も仕事もうまくいっていない上司ほど部下に強く当たる傾向にあるのはそのためです。(10社以上の職場を見てきましたが、多くの場合そうでした。)

それはただの上司の悲鳴なのです。

自己重要感が家庭でゼロの上司が不当に部下に強く当たると、部下が病みます。しかし一方で、部下に不当に強く当たって自己重要感(幻にすぎないのですが)を得ないと今度は上司が病むのです。上司が心無い言葉を吐いているのは何かに恐怖や不安がある証拠であり、根本の原因が自己重要感の欠乏であるように見えることが多くあります。上司・部下というピラミッド構造により、常態化しているのがパワハラです。パワハラはピラミッド構造を利用した、大人のいじめです。

人は「自分に価値がある人間だ」ということを認識しなければ生きる価値を見出せません。古代ギリシャの哲学者アリストテレスはこう述べました。「人間というのは、自己の自然本性の完成をめざして努力しつつ、ポリス的共同体(つまり《善く生きること》を目指す人同士の共同体)である」と(Wikipediaから抜粋)。なにを言っているか分かりづらいです。

いじめる側の子供には「自分は優れた人間だということを認めてもらいたい」という欲求がある可能性があり、さらにいうと「いじめることでしか自分を優れた人間だということを認識できない」という精神的に追い詰められている状況にある可能性も考慮することが必要です。いじめを正当化するわけではありません。その行為の精神的な背景をしっかり見る必要があると思うのです。

これは一部、最近人気のアドラー心理学で取り上げられている考え方でもあります。

親が「お前はダメな子だ」、「そんな子はうちの子じゃない」、「産まれてこなければよかったのに」等の心無い言葉は、子供に慢性的な自己重要感の欠乏をもたらし、その子供は欠乏を他の「何か」で満たそうとします。負の感情は、負の行為をうみやすく、その負の行為の対象は自分より立場や力の弱い者に向きがちです。これが上記の【いじめをする人の性質】の3です。

3.自分が他人から受けた心の傷を、別の他人を攻撃することで精神の安定を図る場合。

大人である私たちが行動を変えていく必要があると思います。

どういうことかと申しますと、自分の子供に愛を注ぎ、「自分は価値のある人間である」、「他人も価値のある人間である」ということを伝えること、行為や言葉で子供の心を満たし育んでいくことで、「自分の子供が自己重要感の欠乏から、いじめをする側にならないようにする」ということです。

そこで必要になるのが深いコミュニケーション能力だと考えています。コミュニケーションとは言葉のキャッチボールではありません。言葉という道具を使って、相手がどのような思いを持っているか・感じているかにお互いの心と心を共有(共感力)し、もし課題があるのならその課題を解決できるように行動すること(思いやり)が大事です。

愛とは何か。それは「愛するもののために心体が満ちるように祈り、そして心体を満たすために行動すること」だと思います。

4・5・6は文章の通りのため、詳しい説明は割愛します。

あってはならないことですが時々、教師が子供と一緒になって子供をいじめているようなニュースがあります。これも教師側の状況や環境をよく理解しようと寄り添う必要があります。

教師と子供が一緒にいじめる心理

A.その教師がサイコパスである場合。

B.その教師が他の教師からのいじめや嫌がらせのはけ口となっている場合。

C.その教師の成長過程で受けてきた精神的な苦痛のはけ口となっている場合。

D.その教師の私的な精神的な苦痛のはけ口となっている場合。

E.その教師が子供の親(いじめをしている子の親に限らない)からの精神的苦痛のはけ口となっている場合。モンスターペアレンツ問題等。

 

上記の場合も考慮することが必要だと思います。

教育現場でのいじめがなかなか発覚しないことの要因には、上記の【B.その教師が他の教師からのいじめや嫌がらせのはけ口となっている場合】が起こっていることも多いのではないでしょうか。

例えば、ある校長が教師Fに精神的な嫌がらせをしていたとします。

その教師Fが担任の教室でいじめがあり、表ざたになるとニュースになる可能性がある場合、芋づる式に校長が教師Fに対して行ってきた精神的な嫌がらせが表ざたになる可能性があります。

そのため校長はなんとか問題を学校内でもみ消し・もしくは見なかったことにして問題を解決したことにします。そして現実に存在している「いじめ」が、なかったこととして扱われた結果、引きこもり、最悪の場合自殺などの目も当てられない結果につながる可能性があります。

「いじめは良くない」と言っている教師が、他の教師に対していじめをしているような状況だけは絶対に作り出してはいけません。他の教師にいじめを働くその教師は「いじめはよくない」ことの本質を理解していません。組織の長である校長が先頭に立って、覚悟と愛で組織としての文化を作り上げる必要があります。そこに必要なことは「いじめはよくない」と声をかけることではなくまず教師達がよい環境で仕事をできる状態を作ること。そして、その状態を生徒達に波及させることです。そこに必要なことは深いコミュニケーションです。コミュニケーションに関しては別途論じたいと思います。

そして特に注意しなければならないのは【E.その教師が子供の親(いじめをしている子の親に限らない)からの精神的苦痛のはけ口となっている場合。モンスターペアレンツ問題等】です。教師の仕事は長時間労働に加え、不特定多数の人間と注意深く接する必要がある精神的な負荷の大きい仕事です。部活動などの休日出勤に加え、基本異動がない限り選択の自由が得られにくい特殊な環境です。学校に通う子供の親、子供本人が教師一人一人を尊重しよりよい関係を築くための心構えが必要だと考えています。教師の心がまえはまた別で論じようと思います。

 

親は子供のSOSを繊細に拾い上げてほしい

私は小学校の頃、内向的な性格でした。しかし幸い、サッカーが得意と友達がいていつも一緒にサッカーをしてとても楽しかった思い出があります。

一方で、私に執拗につきまとい嫌がらせをしてくるジャイアンみたいな女の子がいました。3月生まれの僕は体も小さくできることは走って走って走って逃げ回ることでした。嫌で嫌でしょうがなく、朝にはお腹が痛いとウソをつき学校に行きたくないというポーズも取りました。土曜に午前授業があった昔、嫌がらせをされて家に帰ると、広い家には私一人でした。両親・祖父母のみんなが働きに出ていたからです。夜になって家族が全員帰ってきても、受けていた嫌がらせを家族に伝えることはできませんでした。なぜなら、夜の一家団欒の時間は本当に幸せだったからです。

自分が嫌がらせを受けていることを伝えることで、この幸せが壊れるんじゃないかと本気で思っていました。いっそ死んでいなくなるほうが楽かも、とも思っていました。しかし死ぬことはできませんでした。両親や祖父母が悲しむ顔が想像できたからです。泣いて泣いて泣きました。

それが小学校2年のころです。「なにがなんでも生きる」と決めてからは我慢は続きましたが、足は速くなりました。その後小学3年の頃に両親の仕事の関係で同じ市内で転校がありそれからはストレスなく生活ができました。

今ではその嫌がらせをしてきた女の子の思いも分かるので、自分の中では許しています。彼女は私を追い掛け回す時の表情は苦痛の表情でした。人を傷つけて楽しむサイコパスではなく、自分の満たされない何かを誰かを攻撃することで満たしていたのでだと思います。

話が変わります。知人の仕事の関係で、その知人の4歳の子供を預かっている時のことですが、子供と一緒に遊ぶのですがやはり夜になるとお母さんと言ってぐずり出します。どんなに楽しませても、母親の代わりにはなれません。

さて、現在政府の取り組みとして一億総活躍社会というものがあります。とても良いと思います。一方で、子供の自己重要感が希薄になることだけはさけなければなりません。特に、共働きで両親ともに疲弊している状態ですと、子供に対する注意が低くなり子供の発するSOSが見えなくなってしまうことがあります。

子供が頻繁に、頭が痛い・お腹がいたい等、学校に行きたがらない場合、学校に子供がストレスを感じる「何か」がある可能性があることを思い出していただければ幸いです。

 

姪が「お母さん(お父さん)見てて」とよく言います。「兄ちゃん(私)見てて」とはならないのです。

子供に注意を払うことで、「あなたは価値がある人間だよ」と強く・深く伝えることができるのは特別な事情がある場合を除き、両親であることがほとんどです。それほど親の存在は大きく、同時に責任も大きいのです。働き方がどうあるべきか、理想を追いたいと思います。弊社の労働環境を1日6時間労働のスーパーフレックス制にしたのはそのような背景です。子供を育てることに最適な環境を作りたい。子供と親が共に過ごせる時間をより長くとれる環境作りをしたかったからです。

従業員の労働環境を従業員の子供中心で考え、制度をより柔軟にする企業が多くなることを願っています。

現在はクラウドでどこにいても仕事を受注することができる世界です。私が働き方に革命を起こしたいというのは、子供と一緒にいながら仕事ができる環境があれば、幼い子供の人格形成に一番よい影響を与えるだろう、と考えているからです。

パソコンリース事業とパソコンスキル向上事業、仕事斡旋は現状すでに取り組めることの一つです。地方で収入がないために、共働きを強いられる場合に、まず手を差し伸べられる存在でありたいと思っています。そしてこれは、どこの地域でも取り組めるものだと思っています。

 

いじめに効果的な3つの取り組み

1.学校以外に子供が所属できる地域コミュニティの創造

いじめに関しては無くなることはありえないので、いじめから遠ざける仕組み作りといじめのない地域コミュニティの創造です。鹿児島県川内市の空き店舗になっている商店街を借りていき、世代を超えて趣味でつながれる、興味でつながれるコミュニティを作りたいと思っています。そのような動きが各地方でより活発になると嬉しく思います。

世界はこんなにも豊かで楽しい、そんな地域を作ります。同時に教育革命を勝手に行います。youtube動画配信で家でも勉強ができる環境を作ります。これに関しては、東京で塾講師をしている友人がいるのに含め、色々な方に協力頂きながら、小・中・高・大と全部オンラインで無料で学べる環境を作ります。実際私は今30歳にして、高校倫理をyoutube動画で自分の理解度に合わせて、倍速機能を駆使して学んでいます。

2.働き方改革より働き方革命

私は、共働きによって子供の自己重要感を下げるより、世帯収入を上げて子供と親がより長い時間を過ごせるような環境作りが必要だと思っています。結果として、子供の自己重要感が満たされ、他の子供をいじめる子供を減らすことができると考えています。

また現状、薩摩川内市には子供連れの方が気兼ねなく楽しめるレストランやカフェスペースがほとんどありません。カフェスペースではパソコンのワードやエクセルを学べて、楽しめて稼げるカフェレストランを作ります。コミュニティを創造し、保育の資格を持つ方にもご協力頂きながらよりよい子育て環境を地域に作りたいと考えています。

民間でできることは何なのか、考えて考えて考えて進むのみです。政治に関しては、考えて考えて考えて選挙に行くのみです。デモしてる暇はありません、今こそ現実を直視し将来を見据えて子供のために、希望がもてる地域を創造していく責任が私たちにはあると考えています。子供たちのために、輝ける未来を今この瞬間から作っていきましょう。

3.教育現場の労働環境の改善

文字通りです。

 

いじめ問題対して私たちができること

いじめ問題は根深いものです。

子供の問題であり、学校教育の現場の問題であり、家庭の問題であり、地域コミュニティの問題です。

一部を切り取って、知ったように批判をしても何も解決しません。

しかし取り組めることは多くあります。

子供に関してはまず精神的な安定をもたらす生活環境を提供すること、学校教育の現場もしかり。家庭の問題は働き方等も関わってくるため働き方を根本から見直さなければなりません。地域コミュニティは組織構造の関係もあり行政ではスピード感をもって対応できない部分も多いので民間で自主的に作っていく必要があります。いじめを地域社会全体の問題ととらえ、よりよい社会を実現するために邁進しましょう。

いじめ問題に対しては、「こうするともっとよくなるのではないか」等の議論が活発になり、子供の自殺が一人でも少なくなることを心から願い、行動します。

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